慣性の法則

一人の貧しい若者がいた。
食べるものにも苦労するような貧しい生活をしていた。

ある日、若者は木の実などの食料をさがして山に入り、そこで古い巻物を
みつけた。
なんと、その巻物には、宝物を隠した場所が記されていた。

その巻物によると、隠してある宝物は、1個の小さな宝石だった。
それほど高価なものでは、なさそうだった。

しかし、それをお金に換えれば、若者がぜいたくな料理を3日間食べるこ
とができるくらいのお金になると思われた。
これは、「一生に一度でいいから、おなかいっぱい食べてみたい」と思って
いた若者にとって、夢のようなことだった。
若者は、宝石そのものには興味がなかったが、3日間おなかいっぱい食べる
ことができることにワクワクした。



巻物によると、その宝石は、ある岩の下に埋めてあるとのことだった。
若者は、巻物の地図を参考にして、その岩を探し当てた。

「この岩をどけることができたら、宝石は簡単に掘り出せる。
そうすれば、おなかいっぱい食べることができる。」
若者は岩を動かそうとしたが、岩はびくともしなかった。



その日から若者は、身体を鍛え始めた。
筋力をつけていけば、いつか岩を動かすことができそうだからだ。

若者は、毎日夕方に岩のところへ行って、岩を動かそうとした。
しかし、岩は動かなかった。

誰かに助っ人を頼めば、簡単に動かせそうだった。
しかし、助っ人を頼めば、岩を動かす理由を聞かれるであろう。

そうなると、分け前が半分になる。
若者は、独り占めしたかった。
1人で3日間おなかいっぱい食べたかった。
(2人だと1.5日になってしまう)



身体を鍛え始めて3ヵ月が経ち、若者の腕もずいぶんたくましくなった。
その日も若者は、夕方、岩のあるところへ行った。

もう少しで岩は動きそうだったが、やはり動かなかった。
「まだダメか。もう少しなのに。早くご馳走を食べたい。」
若者は悔しがった。



その時、「誰か!助けてくれ!」という老人の声がした。
声のする方向に走っていくと、一匹の大きな野犬が老人を襲おうとしてい
た。

若者は、野犬に飛び掛った。
身体を鍛えている若者にとって、野犬を退治するのは難しくなかった。



命を助けてもらった老人は、とても喜んだ。
そしてその老人は、その国を治める王だったのだ。

「私は王である。お前は私の命の恩人だ。一つ、願いを申してみよ。どん
な願いでも叶えてやろう。」



それを聞いて、若者は喜んだ。
「ほんとうですか?」

「あー、本当だ。何でもいい、一つ、願いを申してみよ。」



嬉しそうな顔をして、若者は、こう言った。
「お願いしたいことがあるのです。理由を聞かずに、岩を動かすのを手伝
って下さい。」
そう言いながら、心の中で思った。
『これでおなかいっぱいご馳走を食べることができる!3日間も!』

こうして指輪を手に入れて換金した若者は、3日間ご馳走を食べました。
そして、その直後、自分が助けのが王様だったことを思い出し、自分の言葉
(王様への願い)を悔やみました。




「なんと愚かな」と思った人もいるかもしれませんね。

もし、若者にとって、おなかいっぱいご馳走を食べることが重要ならば、岩
を動かすことに執着しなければ、一生ご馳走を食べていけるくらいの財宝を
もらうこともできたのです。
この若者には、「自分のニーズ(この場合は、ご馳走を食べること)を、
より満たしてくれるのはどっちなのか」が見えていなかったのかもしれ
ません。

今まで岩を動かすことをひたすら目指してきた若者にとって、王様が、「岩
を動かすための助っ人」にしか見えなかったのです。
「岩を動かす」という手段を手放して、意識をスイッチチェンジできたら、
若者は本来の目標をより高いレベルで達成できたのです。

無意識に、「岩を動かすために、頑張って身体を鍛えてきたんだ。この目標
=岩を動かすこと)を手放したら、今までの努力が水の泡だ」という心理が
働いていたのかもしれません。

岩を動かすことは、目標ではなく手段であったはずです。
ここであらためて、何を目標とするのがよいのか、冷静に考えることができ
たらよかったですね。
これも、人間の習性を表す話です。
この若者ほど極端でなくても、多くの人が、この習性を持っています。



ラジコンの車を想像してください。
おもちゃ屋さんで売っているようなやつです。

そのラジコンカーに人形を載せて、ラジコンカーを真っ直ぐ高速で走らせ
ます。
そして、急にハンドルを切って、車を右方向にカーブさせます。



車は右方向に曲がるのですが、人形は、それまで向かっていた方向(=真
っ直ぐの方向)に進み続けようとして、車から振り落とされます。

たしかこれを、「慣性の法則」と言ったと思います。
「動いている物体(=人形)は、その方向に向かって動き続けようとする」
わけです。
ですから、下の車を方向転換しても、上の人形は「慣性の法則」にしたが
って、真っ直ぐ行き続けようとするわけです。

人間の心にも「慣性の法則」が働きます。

今まで、あることを目指して進んできたとします。
そしてある時、「生き方を変えたほうがいい」と気づき、方向転換をしよう
とします。

しかし、気持ちは、今まで目指してきたものを目指し続けようとしてしま
います。



頭では、現状を打破する動きをしたいと思いながら、実際の行動は、現状
を維持する動きになってしまいます。
これは、心が、今まで目指してきたものを目指し続けようとするからです。

今までどおりということは、現状維持ということですね。

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